子どもを見守る

 子どもが何かをしているとき、それをジッと見守ることはなかなか難しいことです。ややもすれば口が出、手が出ます。それならばまだいいとして、口汚くののしってしまうようになれば子どものやる気は、なくなってしまいます。
 大人は今までに様々なことを経験し、技術を身につけているし、知識を持っています。機会があれば、自分のできること、知っていることを発揮したいと思っています。特に、自分の趣味や専門分野であれば、つい手出し口出しをしたくなってしまいます。
 子どもの発想は大人と全く違って当たり前です。子どもには子どもの発想があります。それは兄弟姉妹でも全く異なります。
 子どもの発想は、大人からみればなんとつまらないことに熱中しているのかとあきれる場合もあります。しかし、子どもが自分の発想で挑戦するときの眼は輝いています。自然と意欲的になります。この子どもの意欲こそ大切にしなければなりません。
 私が二年生を担任していた時、鉄棒にぶら下がっている自分の姿を描いた子がいました。彼が描いた絵の画面、半分以上は鉄棒を握っている自分の手でした。自分の顔や体や足は添え書きに過ぎない絵でした。後で、私は子どもに聞きました。するとその子は「ぼくね、ぎゅっと鉄棒を握っている手しか見えなかった。」といいました。わたしはこのすばらしい絵をしっかりと誉めました。
 子どもは子どもなりの思いや願いで様々なことに挑戦します。それを大人がどれだけ子どもの思いを大切にしているか、認めているかが大切なことです。
 インリアル・アプローチという指導法があります。これは大人と子どもの相互作用を通じて、学習とコミュニケーションを促す技法です。これによると大人が子どもにかかわるときに取るべき基本姿勢として沈黙、観察、理解、聴くの四つの態度を挙げています。私たち大人は、子どもをしっかり見守り、よく観察し、子どもが今何を考え、何をしようとしているのかを理解し、子どもの言葉に心から耳を傾けるような姿勢を持ち続けていきたいものです。
「人の道は主の目の前にあり、主はすべて、その行いを見守られる。」箴言5章21節(口語訳)グッドニュース2004年3月号「母と子の相談室」より