いじめ 1

 
 「いじめ」はとても難しい問題です。そう簡単に解決できるようなことではありません。早くから、このことについて書いていかなければならないと思っていましたが、考えが十分にまとまりませんでした。しかし、今日の状況を見てみると急がなければならないことをつくづく感じます。今月号から何回か続けて考えてみたいと思います。
 まず第一のことは、大人は「いじめ」を甘く見ているのではないかということです。
 「いじめは昔からあった。大騒ぎすることはない」とか「子どもは、いじめられたり、けんかをしたりしながら大人になっていくものだ」とか「子どもの問題に大人が口出ししなくてもいい。子ども同士で解決する」とか思っている大人が多いのではないでしょうか。
 なるほど、このことには一理あります。しかし、今日的な「いじめ」は、上級生の下級生に対するしごきや同級生同士のけんかとは根本的に異なります。
 いじめられる子どもにとっては、自分の存在そのものに関わる極めて深刻な問題です。
 その解決には、大人の適切なかかわりが必要なのです。
 今日の「いじめ」の特徴は
・弱い立場にある者に、多くの場合、集団で攻撃や圧迫を加える。
・長期間継続して行われる。
・次第に陰湿化し、残忍性を増してくる。
・仲良しグループのように見えてわかりにくい。
・いじめる側は、いじめを楽しみ、罪悪感がない。
・犯罪行為までエスカレートすることがある。などです。
 「いじめ」は、「楽しい学校生活を送りたい」「しっかり勉強したい」という子どもの願いを否定する、人間として絶対に許されない行為であることを、私たち大人は子どもにしっかりと指導しなければなりません。
 今日の「いじめ」について、学校の責任だとか、今日の教育が悪いのだという前に、「いじめ」は、子どもにとっても大人にとっても深刻な問題であることをわきまえ、保護者と学校が手を携えて、いじめの根絶に取り組まなければなりません。
「夜、初更に起きて叫べ。主の前にあなたの心を水のように注ぎ出せ。町のかどで、飢えて息も絶えようとする幼な子の命のために、主に向かって両手をあげよ」 哀歌第2章19節