無気力な子

 
「3年生の男の子ですが、朝から元気がなく、動作がかんまんです。学校でも朝からあくびをしたりして、毎日の生活がとても無気力に感じます。どうすればよいのでしょうか。」という質問を受けました。これに対して次のように答えました。ご参考にしてください。
 私たちの子ども時代は「がき大将」「いたずら小僧」「お茶目な子」「お転婆な子」が実に多かったです。しかし、この頃の子どもたちの中にはこのような子どもの影が薄くなってきているようです。確かに無気力な子どもたちが多くなってきているのは事実です。
 いかに活動的に見えていても、実は強い子を真似て、強がりを楽しんでいるだけであって、独創性などはほとんど発揮しない子、ひとりで熱中できない子の姿がよく見られます。このような子も無気力な子です。
 このような子は、学校では「授業中、背中がぐにゃぐにゃになる」「消極的で元気がない」「集中が持続できない」「朝からあくびをする」「動作がかんまんである」などの状況が見られます。
 このような子を出さないために、次の三つの点に気を付けていきたいものです。
 その一つは、幼い子どもは、私たちが想像する以上に好奇心が旺盛であるということです。子どものの強い好奇心の結果、恐れと喜びという背反する興奮を経験します。その興奮を両親の抱擁によって緩め、鎮めていきます。その経験の繰り返しが意欲の基盤となっていきます。この時期こそ、自発性に満ちあふれた時なのです。
 ところが、親はわけもなく泣かないように、ただ安全にといった姿勢で子どもを育てると、子どもの意欲は育たなくなり、無気力になっていきます。
 2歳前後の子どもの多くはできるとできないとにかかわらず、何ごとも大人の支配を振り切って自分でしようとします。その時にも親の権威によって鎮めるのではなく、経験によって納得させていきたいものです。
 二つ目は、子どもの手足や衣服が汚れたり、衣服が破れたり、汗を流して泥んこになったりすることに許容できる親になることです。人生の初期から、ごく自然に子どもらしさとして認めていくことは何より大切なことです。
 三つ目は、親も子どもと一体になることです。子どもと共に、一生懸命汗を流し、泥遊びに熱中し、子どもと同じ気持ちになり一日を過ごす。そして、「楽しいなあ」「なかなかやるね」と子どもにささやかなメッセージを贈る。このことによって、互いに尊敬し合える関係をもつことになります。この時にこそ、親も子も一体になり、共に伸びることとなります。
 「進んで互いに尊敬し合いなさい」ローマ人への手紙第12章10節