三度迎えた唐櫃の春

随想12
鎌野健一

 昨年の入学式は、雨風が強かったため、桜の美しさも見ない間に終わってしまった。しかし、今年の入学式は八分咲きの桜の下、喜びに満ちた1年生を迎えた。きらきらとした子供たちの顔がまぶしかった。桜の下で記念の写真を撮る子供たち、お母さん、お父さんの表情もにこやかだった。
 翌日の12日は、ひどい雨風であった。この雨で唐櫃の見事な桜も散ってしまうのかと心配したが、唐櫃の桜はこの雨風にもめげず1週間、私たちに喜びを与えてくれた。

 自然が甦るこの春に、希望に燃える新しい学年が始まる、入学式があるという素晴らしさ、私は今年もこの思いを強くした。
 私は入学式に、1年生の子供たちに、少し難しいと思ったが「どうか友達大好き、先生大好き、学校大好きな子になってください」と話した。活発な1年生であると聞いていたが、静かに私の話を聞いてくれていた。
 入学して、3日目、私は1年生教室に入っていった。一人の女の子が私に
「校長先生、わたし学校大好きになったの。先生も大好きよ。」
と話してくれた。私は
「友達は?」
と聞くと、ちょっと首を傾げ、
「うん、まだ分からない。」
可愛らしい1年生である。ぐっとだきしめ、
「きっと大好きになるよ。楽しみね。」
と話してやった。きらっと輝いた眼がまぶしかった。
 春、すべてが甦る。新しいスタートである。

 4月の第一の日曜日、4月3日は、イースターであった。毎年のことであるが、私は生まれ故郷に帰り、父母の墓前にひざまずいた。墓前に捧げられた百合の花がまぶしかった。
 その日は、雲一つない青空、桜もつぼみをふくらませ、タンポポも黄色い花を咲かせている。冬の間、枯れたように見えていた木々も若芽を萌え出しつつある。何もかも甦る時である。
 父や母が眠る墓は、私が幼い頃遊びまわった山々に抱かれている。その山々は、春は山菜摘みに、夏は虫とりに、秋から冬にかけては茸とりや薪集めに出かけたところである。どこからも、懐かしさが甦る山々である。
 父や母の墓前にひざまずくと、一つの思い出が甦った。

 あれは、第二次世界大戦(当時は太平洋戦争といっていたが)末期、日本には資源が、食料が枯渇していた頃であった。お昼の弁当も持っていくことができない日ばかりであった。
 6月頃であったが、ある朝、私は母と一緒にこの山に、山百合を採りにいった。母は、いつ頃、どこに山百合が咲くか、ちゃんと知っている。山奥に入ると、どこからともなく、あの山百合のやさしい香りが漂ってくる。辺り一面に山百合が背を伸ばし、つぼみをふくらませ、花を咲かせている。実にすばらしい。
 笹やぶの中に入り、山百合を採る。いばらに刺されながら採る。20本、30本、抱え切れないほど採る。山百合に香りがいっぱいで、ひもじさも忘れる。母は、この花を病院に持っていく。病の床に臥(ふ )せている人を見舞う。
 ひとやすみの時に、
「おかあちゃん、山奥に、誰も何もしないのに、こんなきれいな花 がなんで咲くの?]
と聞いた。母は、聖書の言葉を引用して
「野百合がいかにして育つかを思え。労せず、紡がざるなり。されど、我なんじらに告ぐ。栄華を極めたるソロモンだに、その服装この花の一つにも及かざりき。(マタイによる福音書7章28節 〜29節)神様はね、こんな所に咲く野の花にも、愛を注いでく ださっておられるのよ。感謝しなきゃね。私たちをもちゃんと育ててくださるのだよ。」
と話してくれた。
 子供が6人いたが、あの戦争中、戦後の食料のないときも、ひもじくても、誰も倒れることなく今日まで生かされていることは、母のこの様な信仰のお陰であった。
 4月17日、今年度初めての朝会のとき、私は「花さき山」(斎藤隆介作 滝平二郎絵)の絵本を子供たちに読んでやった。
 私は、この絵本がすきで、1年生を担任した時も、6年生を担任した時も読んでやっていた。そして、やさしさについていろいろと話し合った。
 誰も知らない山奥の花さき山には、今まで見たこともないきれいな花が咲いているのです。そこに紛れ込んだ10才の女の子あやに山ンばが語りかけます。
   この花は、ふもとの村の
   にんげんが、
   やさしいことを ひとつすると
   ひとつ さく。
   あや、おまえの あしもとに
   さいている 赤い花、
   それは おまえが
   きのう さかせた 花だ。
 この絵本を読んでやりながら、子供の頃に見た山百合の花のことを思い出していた。

 三度唐櫃の春を迎えた。厳しい寒さの中を通り過ごした子供たちは、ひとまわり大きくなり、新学年を迎えた。
「3年生になって、ぼくはうれしいです。2年生のときは、いっぱい休んでいたけど、3年生になったら一回も休まないようにします。それに、2年生のときは、あまりべん強しなかったけど、3年生になったら、ちゃんとべん強しようと思います」(3年 M男)

編集後記
 4月は、別れと出会いの時です。唐櫃の子供たちのため、長い間力を注いでくださった、教頭の岩田隆義先生、下村玲子先生、友田規隆先生、蔵本和彦先生、長坂美佐恵先生をお送りしました。そして、教頭先生と3人の先生を迎えました。また、新しい唐櫃の教育が進めていきたいと願っています。
 3月にコンピュータルームが完成し、12台のコンピュータが導入されました。もうすでに、授業参観で子供たちが活用している様子を御覧になった方もあると思いますが、子供たちは喜々として使っています。機会がありましたら子供たちの様子を御覧ください。
 今年度も「やまびこ」を発行します。どうか、お読みになった感想やお子様のこと、教育のこと、唐櫃の自然に関することなどご自由に書いてくださり、校長室まで届けてください。お待ちしています。本年度もどうかよろしくお願いいたします。   (鎌野)
神戸市立唐櫃小学校学校だより「校長室の窓からやまびこ」1994年4月25日発行4月号より