よろこびに満ちた唐櫃の春

随想1
鎌野健一
 
 唐櫃の春は美しい。
 厳しい冬の寒さに耐えて、新しい芽を萌えだす春。厳しい寒さに耐えた者だけが味わうことのできる喜びである。
 昨年の冬は、今売り出し中の神戸ハーバーランドにある学校にいた。都会の真ん中にいるため、いつ冬になったのか、いつ春になったのか分からない生活をしていた。その上、校舎全体に空調設備が完備しているため季節感を感じない。なんとなく寒くなったなあ、なんとなく温かくなったなあと感じるだけあった。職員室の窓から見えるものは、山々のみどりではなく、大きな建物だった。職員室に聞こえてくるものは、小鳥たちのさえずりではなく、工事や高速道路を走る車の騒音だった。活気があり、日々の生活は便利であったが、丹波の田舎で育った私にはなじめない環境であった。
 
 昨年度、この唐櫃の赴任し、唐櫃の冬を経験した。毎朝、校門で子供たちと朝の挨拶を交わしているが、春、夏、秋はとても爽やかな時である。しかし、北風が吹き始めると、爽やかとは言い難い。雪が舞う日もあった。降りしきる雪の中でただずむ日であった。北風が吹き抜ける日もあった。冷たい雨が降り続く日もあった。でも、子供たちは頬を真っ赤にして登校してくる。
 「校長先生、今日の朝会の話、短くしてね。」と訴える。朝会の時は、子供たちは北風をまともに受ける。六甲山からの風も冷たい。
 3月に入り、土の中から水仙やチューリップの芽が頭をのぞかせると、春が訪れてくる喜びをじわじわと感じはじめる。冬が厳しかっただけ、その喜びが大きい。
 子供たちの表情も明るさが増してくる。「おはようございます。」という声もひときわ大きくなる。私だけではない、子供たちもその喜びを感じとっている。
 「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉があるが、春分の日を過ぎると、この唐櫃にも春を感じさせる日が続いたが、3月の終りごろから、また冬に逆戻りの日が続く。
 幼稚園の卒園式や保育園の修了式に新しく1年生に入学する子供たちに、
「桜の花がいっぱい咲くと、みなさんは1年生です。」
と話をしたが、入学式には、桜は一分咲き程度。桜の木の前で入学した1年生が、お母さんといっしょに記念写真を写す光景もなく、少々さびしい。午後には雪が降る。古寺山の頂上近くは薄化粧。この4月に赴任された、先生は
「唐櫃は寒いとは聞いていたが、入学式に雪が降るとは。」
と驚きの声。
 
 唐櫃の冬は長い。でもその分、春のよろこびは大きい。西門にある一番大きい桜の木に花が咲き乱れる日も近い。裏庭の桜の木の下で、1年生の子らが喜々の声をあげる時も近い。美しい春のよろこびを、大声で歌う日も近い。
 
 1年生が入学して1週間たった。満開になった裏庭の桜の木の下で喜々と遊ぶ子供たち、桜の花びらをビニル袋に集めている子供たち、春のよろこびを体全体で表している。1年生の女の子が
「園長先生、おはようございます。」
まだ、幼稚園の思い出がいっぱいにつまっている1年生である。


編集後記
 学校と保護者、地域とのかけ橋、「校長室の窓から やまびこ」を発行いたします。これは、私たちがどのような子供を育てていきたいのか、どのような実践をしているのかをお知らせして皆さんにご理解していこうとするのものです。よろしくお願いします。(鎌野)
 
神戸市立唐櫃小学校学校だより「校長室の窓からやまびこ」1993年4月19日発行4月号より