失敗をこえて

 校歌を最後に第四回音楽会は幕を閉じた。
 秋晴れの下、子供たちの歌声が、合奏の音がハーバーランドに広がった。
 「力を合わせ、ひびけ心に」のテーマで本格的な音楽会の練習が始まったのは、四週間前であった。なかなかテーマどおりの練習ができなかった。ある担任の先生は「音楽会の練習時間のうち、半分の時間が音楽の練習以外のことだった」と述懐されていた。
 チャイムがなってすぐに練習を始めようと思っても、子供は集まらない、勝手なおしゃべりをしている、つい大声の叱言がとぶ。その上、楽器を忘れた子供がいる。
 しかし、二週間すぎ、三週間目に入ると子供たちも変わってきた。力を合わせることの大切さが理解できてきた。
 私が、九年前に五年生担任したときだった。音楽が嫌いであったY君、K君は合奏曲ビゼー作曲「フアランドール」の役割を決めるときに、一番簡単だと思われるカスタネットを選んだ。はじめは遊び半分で練習をしていたが、このカスタネットは、この曲のリズムを決めるのに一番大切な役割を果たすものであることが分かった。何度も何度も練習をした。その度に叱言がとんだ。しかし、日増しに彼らの目は真剣さを帯び、多くの人たちの心にひびく合奏を作り出すために苦しい練習を積んだ。その年の音楽会は感動に満ちた音楽会であった。Y君もK君も大きく成長し日々の生活態度にも学習態度にも大きな変化が見られた。
 その学級を持ち上がり、六年生の十二月、ある女の子の日記の中に
「先生、Y君やK君たちが単車を乗り回しているといううわさを聞いたのですが、小学生が単車に乗ってもいいのですか。」
という文があった。私はびっくりした。早速Y君やK君を呼び、話を聞いた。彼らの話を聞いて、再度びっくりした。
 中学生が盗んできた単車が宅地造成地に隠されてあるのを知り、中学生が乗らない朝早く、五人の仲間で交替で乗っているという。家の人には、早朝に友達をマラソンの練習をするからと言ってみんなで集まったという。その中に学級のリーダーあるT君も入っていた。
 早速、彼らと共に現場に行き、その単車を交番に届けるとともに、保護者と共に話し合った。もちろん厳しい叱言がとんだ。
 翌日、彼らは反省の言葉とともにこれからの自分の生き方について思ったことを日記に書いてきた。T君は次のように書いていた。
「本当にぼくはあほでした。自分でもなさけないです。お母さんに対しても悪いことをしてしまいました。ぼくがしっかりしなあかんのに、しっかりしていないために大変なことをしてしまいました。先生、ぼく本当に悪いことをしてしまいました。
 でも、今日から初めからやり直します。自分がまいた種だから自分で責任をとります。今からも、苦しいことがいっぱいあると思います。どうしょうもできないこともある と思います。でも、ぼくはそれにたえてふんばり、戦い続けます。新しい自分、前よりまして強い自分を作りだすまで、苦しい道をのぼり切ります。」
 T男はみんなに注意をしていかねばならない立場にあったのに、それができず、自分まではまりこんでしまった。かれは、何度もこんなことをしてはいけないよと注意をしようと思った。でも、面白さとスリルに負けてしまい、どうすることも出来なかった。先生の顔やお母さんの顔を見る度に、これではいけない、明日は注意をして止めさせようと何度も思ったと言う。彼は、わずか三日間だけであったが苦しんだ。弱い自分が腹だたしかったという。
 この失敗を通して、彼らは人間の弱さを知り、人として生きる苦しさを味わい知った。しかし、彼はこの失敗をこのままで終わらせなかった。それをのりこえ、より高い生き方を求めて再度スタートした。
 人、だれしも失敗はする。しかし、大切なのはこの後である。失敗した後、どう生きるか、どう歩むか、それを教えていくのが教師であり親である。
 音楽会が終わった後、六年生の子供たちがプールサイドに集まり先生の話を聞いていた。私も急いでかけつけた。先生は、何度も叱り、いろいろ注意をしたが、今日のみんなはとても立派だったと、心からの拍手を贈られていた。そして、残り四カ月この心意気で、最後の小学生活を立派に送って欲しい。あなたたちならばきっとできると話された。
 これを聞く子供たちの顔は、秋の太陽に照らされ、一つの大きな行事を成し終えた喜びで満ちていた。    (けやき 平成三年十二月号)