優しさとは

 心配していた台風十七号も、警報の発令もなく過ぎ去っていった。その後を追って十八号がやってきた。子供たちの期待もむなしく、警報の発令もなく、はるか南の海を東に過ぎていった。しかし、十九号二十号が、近畿地方をにらむ。
 台風が近づき、過ぎ去るたびに、日中の暑さも和らぎ、朝夕めっきり涼しくなってきた。 それに引き替え、運動会の練習はますます熱がこもってくる。子供たちも熱気を帯びてくる。
「先生、かけっこ、ぼく一位になったよ。」
「わたしもうちょっとで一位やのに、Hちゃんに負けたん。でも、運動会のときはHちゃ んに負けへんよ。」
と一年生の子が話しかけてくる。
 六年生は、組み体操の練習でどろんこだ。
「先生は、痛いのん我慢せいと言うけど、ひざが痛いし、背中も痛いねん。」
と嘆く。あとしばらく、十月六日の運動会に向けての練習が続く。
「はずむ心とはじける体」をテーマに子供と先生が一体となった運動会の日が待ち遠しい。
 運動会の中で、一番熱気がこもるのは学級対抗リレーだ。それぞれの学級はチーム作りに秘策を練る。四月からの学級づくり成果がでるときでもある。走るのが得意な子供は自信満々であるが、あまり得意でない子にとっては、逃げたい気持ちになるときでもある。教師は、この学級対抗リレーを通じて、よりよい学級の雰囲気を高めるために苦労をする。
 五年前、私は五年生を担任した。その時のクラスにU子がいた。彼女は体が弱く、走ることは得意でなかった。クラスのみんなで相談し、学級対抗リレーのチーム作りした。話し合いの中で一番大きな問題は、U子をどのチームに入れるかであった。その時、クラスで一番速いD男が
「U子ちゃんぼくのチームに入ってもらいます。みんなで一生懸命に練習をしてがんばり ます。」
と言ってくれた。いろいろな意見がでたが、もう一人走るのが得意なA子を入れるということで、話がまとまった。
 それから、D男・A子が中心となって練習に励んだ。他のチームも、力を十分発揮するために練習を積む。
 M子は、運動会の日の日記に次のように書いてくれた。
「 今日は運動会でした。みんながすごく頑張ったのは学級対抗リレーでした。わたしは、 U子ちゃんが走っている途中で倒れたり、こけたりしないか心配でした。U子ちゃんに 最後まで頑張ってもらいたかったです。AチームのスタートはU子ちゃん。ピストルの 合図でU子ちゃんは走りました。一生懸命にクラスのために走っています。だんだん差 をつけられました。U子ちゃんはしんどそうでした。できたら、代わってあげたかった です。三位に大きく差を空けられ、二番目のA子さんにバトンパス。A子さんも力いっぱい走りました。U子ちゃんは、つかれたというふうにすわりこみました。
 『U子ちゃん、よく頑張ったね。』
 と一言声をかけてあげました。わたしのクラスのAチームは最下位でした。でも、みんな満足そうでした。」
 D男君は、大きく差を空けられたが、最終ランナーで力いっぱい走った。すごいスピードだった。でも、前のランナーを抜き去ることはできなかった。それにもかかわらず、彼の顔は満足そうであった。
 そのD男は、日記に次のように書いていた。
「あしたは、とうとう運動会だ。U子ちゃんと一生懸命に走ろうと思う。何位でもでもいいが、チームワークが何よりも大切だ。きっとみんながんばってくれる。」
 私は、運動会終了後こう話した。
「君たちは運動会の練習を通して、優しさということはどんなことであるかということを 学んだ。それは、私にとっても、君たちにとっても、学級対抗リレーで優勝はできなかったけれど、大きな喜びだった。」
 この運動会の練習や学級対抗リレーを通じて、子供たちは優しさとは何かということを学んだ。U子をどのチームに入れるかでいろいろと意見がでた。一番弱いと思われるチームに入れ、他のチームに勝ってもらい、学級対抗リレーに優勝しようという意見もでた。U子の入ったチームは、間違いなく最下位になることは戦いを挑む前からはっきりしている。とすれば、そのチームのメンバーは、初めから捨て去られた存在である。
 子供たちは、それを取らなかった。U子の入ったチームを強くすること、どのチームも最大の力を発揮するために、みんなして協力して練習していくこと、一人でも寂しい思いをすることがないように、誰もが力を出せるようにといろいろ配慮してくれた。子供の優しさに感動した運動会であった。
 運動会が終わって二週間後、U子を先頭にして、U子の歩く速さに合わせて、修法が原まで一時間あまりの山道を歩いた。他の学級と離れてしまったが、みんなで歌を歌いながら楽しく登りきった。
 盲学校の運動会を参観させていただいた。眼が不自由な人たちにも、自分の持てる力を最大に発揮できるように、いろいろ工夫されていた。眼の不自由さを感じさせないリレーを見た。
 運動会まで後二週間、運動場で、体育館で練習が続く。 
         (けやき 平成三年十月号)