子供を信じること(三)子供の心に問いかける

 運動場の紫陽花が雨に濡れて美しい。
 昨年の二年生が植えた、西出公園・本町公園の紫陽花が満開とのこと。世話をしてくだっさっている地域の方からの連絡を聞く。
 三年生の子からも、「先生、あじさいきれいに咲いてたよ」と報告を受ける。
 森林植物園からいただいた紫陽花を、公園に植えたのは梅雨の晴れ間、夏の太陽が照り輝いていたときだった。土によごれ、汗水を流し、真っ赤な顔をしていたが、満ち足りた表情の子たちを思い出す。授業中ではなかなか見られない美しい顔であった。
「教頭先生、今まで、朝、家に迎えに行ってもなかなか学校に行こうともしなかった一年生のEさん、その子が今朝は私の家に迎えにきたのです。うちの子、びっくりしていました。」
と六年生のあるお母さんが話してくださった。
 ひと月ほど前、そのお母さんから「一年生のEさん、学校に行きたがらず、うちの子困っています。なんとかなりませんか」との相談を受けた。「担任には伝えておきますが、頑張ってもらうしか、しかたがありませんね」と頼りない返事をしたが。
 子供の持てるエネルギー、想像を絶するときがある。
 二年生のHさん、十二月の終りに、こんな日記を書いた。
「きょう、朝会で、楽しいクリスマスこども会がありました。その時に“わんばく日記”というえいがをみました。
 このえいがは、三人の子がかきのみをへいきでどろぼうして、たべてしまいました。ところが朝会で話をきいて、自分がしたことがわるいことに気がついたので、自分のこづかいをもってゆるしてもらいに行きました。
 ところが、そのおじさんは
『せっかくためたこづかいやから、だいじにつかいなさい』
 と言って、気もちよくゆるしてくれました。それだけでなく、かきのみももらいました。しょうじきに言ったら、だれでもゆるしてもらえるのだろうか。でも、わたしは、あんなにしょうじきにはゆえない。
 でも、ゆるされないかもしれないけれど、いっぺんしょうじきにいいます。
 いつも、おとなしいOくんと先生にあやまりたいこと。ずっと前に“Oのあほ”と書いたのはわたしです。どうかゆるしてください。先生に『これを書いた人立ちなさい』と言われたとき、わたしは立てなかった。でも、このえいがを見て、ゆうきがでた。ほんとうにごめんなさい。」
 六月ごろだった。壁に“Oのあほ”と落書きがしてあった。その時、
「これを書いた人正直に立ちなさい。」
と話をしたが、だれも立たなかった。それから、半年、H子は自分の弱い心をなげきつつ、苦しい日々を送っていたにちがいない。しかし、この日記を書いてからの彼女は、とても明るい表情を見せてくれるようになった。H子は自分で自分を変革させたのだ。
 今から三年前、六年生を担任したときにも、同じようなことがあった。教室で共用する国語辞典に、H君に対する差別語が書かれていた。授業後、私は子供たちに問いかけた。「これを書いた人は正直に申し出て、H君にあやまりなさい。」と。
 しかし、十分たっても、三十分待っても誰も申し出なかった。私はいらだったが、子供を信じて待った。四十分たった。五十分たった。「正直にゆえや」と声があがる。一時間たった。私はもうあきらめようかと思った。しかし、卒業を前にした子供たちに、弱い自分の心に打ち勝つことの大切さを指導してきたのに、今、私があきらめたら、何の役にもたたないと思った。
 突然、ずっと顔を下に向けていたW君が、立った。
「先生、H君ごめんなさい。僕が書きました。許してください。」
と涙をいっぱいためてあやまった。
 自分の非を心から詫びた彼の言葉に、クラスのみんなは感動した。誰一人責める者はいなかった。
「えらかった。私もW君のしたことをもう責めない。H君も許してくれている。さぞこの一時間は苦しかっただろう。しかし、W君、君は、弱い自分と向き合い、まともに戦ったのだ。そして、勝ったのだ。君自身が大きく成長したのだ。」
と、私自身涙声になり、彼の手をしっかり握り、弱い心に勝ったことを褒め、励ました。
 翌日、彼は次の日記を書いて出した。
「ぼくは、もっと早く名乗り出ようかと思った。しかし、どうしてもそれができなかった。長い長い時間だった。しかし、素直にあやまったとき、なんとも言えない気持ちになった。はずかしい気持ちもふっとんだ。初めは、先生やH君やクラスのみんなの顔を見ることができなかったが、みんなもぼくを励ましてくれた。掃除のとき、H君にあやまった。H君は
『いいよ、ぼくかって悪いこと言うもんな。』
と言ってくれた。掃除をした後、みんなと楽しく遊んた。素直にあやまってよかった。」
 私たちは、子供を見下し、時には罵声を浴びらせるときがある。しかし、もっと、子供を信じ、子供の心に問いかけることが必要ではないのだろうか。そうすることによって、子供は自分の心を見つめ、自分自身を変革させていくはずである。
 昨年の二年生が插木から育てた紫陽花の花が咲いた。
「「先生、これをどこかに贈ろう。ぼくたち『あじさいの花いりませんか』というポスターをかくよ。それから、今年も去年の二年生がしたようにさしきをして、あじさいの花を咲かせようね。」
二年生の子供たちの喜々とした話し合いがあったと、二年生の先生からの報告があった。 (けやき 平成三年七月号)