卒業生に贈る言葉 1994年3月24日

心に太陽を持て
 卒業生の皆さん、卒業おめでとうございます。
 私は、今、担任の先生が、いろいろな思いを込めて、皆さんの名前を呼び、それに力強く応えている様子を聞き、皆さんと過ごした日々を思い出しながら、卒業証書をお渡ししました。
 皆さんは、開校百二十周年という記念すべき年に、唐櫃小学校の最上級生として過ごした栄えある卒業生です。また、それと同時に百二十一回生として新しい歴史を作る希望に満ちあふれた卒業生です。
 この一年間、皆さんは自分のよさを生かすために、いろいろな所で活躍してくれました。早朝から練習に励んだ陸上競技、少年野球、それに小体連活動の卓球、バレー、サッカー、水泳、さらに運動会や開校百二十周年記念音楽会と与えられたチャンスを十分に生かして、それぞれ立派な成績を残してくれました。
 また、自然の厳しさと立ち向かった冬のキャンプ、苦しさに耐え抜くことの大切さ、みんなと協力することの大切さを身をもって学び、立派にやりとげてくれました。皆さんは本当によく頑張りました。立派でした。
 さて、皆さんの卒業にあたりお贈りしたい言葉はたくさんありますが、その中より「心に太陽を持て」という詩をお贈りしたいと思います。
 これは、ドイツの詩人ツェーザル・フライシュレンの作で山本有三が次のように訳しました。
   心に太陽を持て。
   あらしが ふこうと、
   ふぶきが こようと、
   天には黒くも、
   地には争いが絶えなかろうと、
   いつも、心に太陽を持て。
   くちびるに歌を持て。
   軽く、ほがらかに。
   自分のつとめ、
   自分のくらしに、
   よしや苦労が絶えなかろうと、
   いつも、くちびるに歌を持て。

   苦しんでいる人、
   なやんでいる人には、
   こうはげましてやろう。
   「勇気を失うな。
    くちびるに歌を持て。
    心に太陽を持て。」

 この詩は私が小学校五年生の時に、担任の先生から教えていただきました。日本が戦争に負け、食べるものも十分になく、何の目的を持つことのできないような時代でした。今まで使っていた教科書に、あちらもこちらも、墨を塗り読めないようにしました。今まで、先生から正しいことだと教えていただいていたことがみんな間違いであると言われたのです。大都市は空襲で家が焼かれ、お父さんやお母さんをみんな失った多くの子供たちが、学校にも行けず、野宿をせざるを得ない時代だったのです。明るいニュースなど何もありません。
 そのような時代に担任の芦田先生が、声高らかにこの詩を読んでくださったのです。
 私の少年時代から青年時代にかけて苦しいことの連続でした。もう死んでしまった方が楽だなと思ったこともありました。しかし、この言葉を思い出してがんばりました。
 私の教え子に、一人の男の子がいます。彼は、小学校を卒業するまでに十六回も入院をを繰り返し、数回の手術をしました。そして、私が担任していた時にもいろいろな病気を持っていました。そのいずれもこわい病気です。お母さんも体が弱く、七回も手術をされたそうです。あまりの辛さにお母さんと二人で泣いたことも何回もあったそうです。その子が次のような文を書いてくれました。
 「ぼくには、三人の妹や弟がいました。三人とも赤ちゃんの時に天国  にいってしまいました。ぼくはその子の分も頑張って生きていくつもりです。お母さんやお父さんにとっては、僕は大事な存在です。四人のうちのたった一人だけです。だから、早く元気になって、四人分親孝行してあげたいです。
 ぼくには、大きな目標があります。それは大好きな野球を思い切りし、甲子園にでることです。このため、今、野球の名門校に入学するため一生懸命勉強しています。」
 その彼は、第一の関門を突破し、第二の関門に向けて練習に励んでいます。彼の姿を見る度に「心に太陽を持つ」ことの素晴らしさを感じざるを得ません。
 皆さん、人間が一生を生きていく中には楽しいことばかりではありません。必ず苦しいことがつきまといます。しかし、その苦しいことを切り抜けてこそ明るい道が開けてくるのです。心暖かく、そして太陽にように明るく、苦しい時にこそ歌を口ずさむ心の余裕を持って進んでください。必ず明るい希望が開けていきます。

 次に、保護者の皆様方に一言お祝いの言葉を申し上げます。本日は、お子様のご卒業、本当におめでとうございます。六年間の小学校生活を無事に終え、本日をもちまして、お子様方を皆さんのお手もとにお返えしいたします。六年間、本校の職員が一生懸命お世話をさせていただいたわけはでありますが、十分でなかって点もあったのではないかと反省いたしています。これから始まる中学校生活は子供たちの心身に大きな変化をもたらす大事な時期だと思います。今日も唐櫃中学校から校長先生がお見えくださっていますが、どうぞ、中学校の先生方のご指導のもと、道をはずすことがないように親として十二分の支援をしてやっていただきたいと存じます。本日はほんとうにおめでとうございます。
 最後になりましたが、来賓の皆様方には、大変ご多忙の中をお出でいただき、卒業生たちに祝福を賜わりましたこと、誠にありがたく、心から感謝を申し上げます。卒業生たちは、今後とも、この唐櫃の地域で育っていく子供たちです。どうぞ、変わらぬご支援を卒業生たちにいただけますようお願い申し上げます。本日は本当にありがとうございました。
 さて、卒業生の皆さん、最後に一つだけお願いします。それは、今日、おうちへ帰ったら「ありがとうございました」といって、お父さん、お母さん、おじいさん、おばあさんと握手をして欲しいのです。その時のお父さん、お母さん、おじいさん、おばあさんの手は皆さんがまだ小さかった時、皆さんのおしめを洗ったり、おしめを換えてくださった手です。熱が高くて、うんうんうなっていた時、心配そうに額においてくださった手です。一年生入学の時には、まだ幼かった皆さんの手を引いて連れてきてくださった手です。時にはいたずらをして頭を叩かれた手かも知れません。でも、あなたたちを愛してくださった温かい手です。このことを思いながら、手を握り、お礼の言葉を言ってください。
 では、卒業生のみなさん、開校百二十周年の記念の時に歌った「唐櫃が好き」にあるように、自然の美しさに満ちたこの唐櫃の里を、いつまでも忘れず、唐櫃を愛してください。それではみなさんの前途に幸多かれと祈りつつ、私のお祝いの言葉といたします。