教育講演会「お母さん あなたこそ子らの生きる力です 5」

4.母親の謙虚な生き方が子どもに感謝の心を与える
 わたしが、初めて一年生を担任した時、康宏くんがいました。
 彼の口癖は、「ありがとう」でした。給食を配っても、お知らせのお手紙を渡しても、どんな時でも「ありがとう」を言います。一年生だのにこれだけ「ありがとう」を連発する子を知りません。もちろん高学年を担任してもそういう子はいませんでした。それが私だけではなく友だちに対しても「ありがとう」といいます。わたしは感心しました。
 わたしも康宏くんに「ありがとう」を言いたくて、康宏くんに用事を頼みました。用事を済ませて帰ってきた康宏くんにわたしはこの時とばかりに「康宏くんありがとう」と言いました。しかし、その時に、彼は何か一生懸命に考えているのです。しばらくして彼は「どういたしまして」と笑顔いっぱいで答えてくれたのです。
 わたしは、どっきりしました。わたしは康宏くんが「ありがとう」と言っても「どういたしまして」という返事を返したことがないのです。わたしが「どういたしまして」という言葉を遣わなかったために、康宏くんはすぐに答えられなかったのです。わたしは恥ずかしい思いをしました。

 あるとき、康宏くんのお母さんが
「私が風邪をひいて休んでいる時、康宏 が一生懸命手伝いをしてくれたので、少し元気になったものですから、子どもの前に正座して『やっちゃん、いっぱい手伝ってくれてありがとう』と言ったのです。すると康宏はすました顔で『どういたしまして』と言うのですよ。」
と話してくださいました。
 このような母親の子どもの対する謙虚な生き方が子どもに感謝の思いを育てていくのです。きっとお母さんは家でも康宏くんに「ありがとう」という言葉を言っていたのです。
 母親の子どもに対する謙虚な生き方が、子どもに感謝の思いを伝える力となっていたのです。