朝の出会い

随想4
鎌野健一
 
昨年の4月、私が校門に立ち始めたばかりの頃だった。
神戸北高校の一人の女生徒が私に
「おはようございます。」
と気持ちのよい挨拶をかけてくれた。すがすがしい気持ちであった。私もその思いを込めて「おはようございます。」と返した。
その女生徒は朝、会うたびに挨拶をかけてくれる。見ず知らずの私に気持ちのよい挨拶を届けてくれる。これを機に私は神戸北高校の生徒にも挨拶をするようになった。
それから、1か月もたっただろうか。私が午後でかけるときに、唐櫃台の駅で「さようなら。」といつもの明るい挨拶をかけてくれた。私は「いつも朝、気持ちのよい挨拶をしてくれるのは、あなたですか。」とたずねてみた。
「はい。」
と答えてくれた。
「ひょっとして、唐櫃小学校の卒業生ですか。お名前は。」とたずねた。「いいえ、違います。」期待に反した答えであった。でも、よけいに彼女の心の温かさを感じる思いであった。
2学期になってその声が聞けなくなった。ひょっとして転校したのだろうか。それとも、部活動が忙しくなり、朝会えないのだろうか。
心に残る神戸北高校1年生のTさん(現在は2年生)との朝の出会いである。
 
からと保育所に毎朝元気に通う、3才のSちゃん。いつも「おはようございます。」と遠くからでも声をかけてくれる。
「いってらっしゃい。」
「いってきます。」
という簡単な挨拶ではあるが、毎朝ほのぼのとした気持ちになる。
昨年の保育所の運動会の日、私も幼児の楽しい様子を見たいと思い参観させていただいた。その時のSちゃんは、お母さんの側にくっつきみんなと演技ができなかった。お母さんの側が一番幸福を感じていたのだろう。
私と挨拶を交わし始めたころは、恥ずかしそうにお母さんにぴったりくっつき、声が出なかった。でも、何時頃からか、Sちゃんの方から大きな声で挨拶をしてくれるようになった。時には、お母さんに甘えている時もある。ご機嫌の悪い時もあるが、Sちゃんの笑みに私の心がなごむ。
何年か後、Sちゃんも元気に1年生に入学し大きな声で
「おはようございます。」
という声が聞けるだろう。
 
南門で時々会っていた80過ぎのお婆さんとの出会いも忘れられない。
何時も深々と頭を下げ
「私みたいなお婆に、校長先生が挨拶をしてくださるって、もったいない、もったいない。」
とおっしゃる。
「いいえ、そんなことないのですよ。長い年月、いろいろな経験をされ、苦労されたお婆さんに挨拶ができるなんて、こっちの方がもったいないです。」
休み休み歩かれているお婆さんの後ろ姿、そこに表れる80余年の歩み、人生の苦労と喜びがにじみ出し、私に声をかける。
「生きるって苦しいことがあるが、そこに大きな喜びがあるんだよ。 そして、多くの人に幸せを与えることになるのだよ」と。
そのお婆さんとこの頃顔を会わせることがない。どうしていらっしゃるのだろう。少し気になるが、お元気だろうか。
 
毎朝、にこやかな笑みを浮かべて
「おはようございます。」
と挨拶をしてくださる、24、5歳のお嬢さんにもほのぼのとした温かさを感じる。
8時22分ぐらいの電車に乗られるのだろう、何時も小走りに駅に向かわれる。ゆっくりとお話することもない。しかし、にこやかなその笑顔で挨拶をされる。それだけで、すべてが満足である。
「心のこもった挨拶をしなさい」とよく言われるが、なかなかできるものではない。しかし、彼女はその言葉どおりの毎朝の挨拶である。私もこうであらなければならないと常に思うがなかなかできない。心苦しい思いである。
彼女の生き方の美しさとともに、彼女を育てられた、ご両親の生き方に感動を覚える。
きっと、職場でも明るい挨拶が交わされているのだろう。そして、多くの人々に愛されているのにちがいない。
 
朝の出会い、それは、私に力を与え、喜びを与え、希望を与えてくれる。
 
編集後記
今年の梅雨は長く、雨量も平年の2倍を越しているとか、大変な時期でしたが、やっと梅雨明け宣言が出る感じです。
さて、今年は開校120周年です。この年に、子供たちは郷土の学習を進めています。ある学年は、お爺さんやお婆さんの子供時代に歌われていた遊び歌を集めて学習を進めようとしています。唐櫃の自然の学習も進めています。とても楽しい学びです。
そこで、ご家族の方々の唐櫃小学校時代の楽しいエピソ−ド、懐かしい思い出、先生、友達のこと、また、今の子供たちの知らない学校生活のことなどを、是非お知らせください。お父さん、お母さんのみならず、お爺さん、お婆さん、ひいお爺さん、ひいお婆さんにも是非ご協力をお願いいたします。
子供たちのみならず、私たちのいい学びとしていきたい思います。長さはどのぐらいでも結構です。書かれたものは、校長室まで届けてくださっても結構ですし、子供さんにお渡しくださってもいいです。それとともに、もし唐櫃小学校に関する写真があれば、是非お貸しください。郷土学習の資料にしたいと思います。
鎌野
 
神戸市立唐櫃小学校学校だより「校長室の窓から やまびこ」1993年7月16日発行 7月号より